ヨドコウ迎賓館
(旧山邑家住宅)

※現在保存修理工事のため閉館中
◆開館日
 毎 土・日・水曜日と祝日
◆開館時間
 10:00〜16:00
 (入館は〜15:30)
◆入館料
 大人・大学生は500円
 小・中・高校生は200円
◆所在地
 〒659-0096
 兵庫県芦屋市山手町3-10
◆お問い合わせ
 淀川製鋼所 PRグループ
 TEL:06-6245-9103
 ヨドコウ迎賓館
 TEL:0797-38-1720

建物概要

国指定重要文化財
設計:フランク・ロイド・ライト
実施設計・施工監理:遠藤新・南信
設計年:1918年
竣工年:1924年
構造:鉄筋コンクリート
敷地面積:約5,200
建物面積:約359.1
延べ床面積:約542.43

links

フランク・ロイド・ライトと遠藤新

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    遠藤新はフランク・ロイド・ライトの高弟として知られ、当館の実施設計を行った建築家です。
    ライトの建築思想を忠実に受け継ぐ弟子として、ライトからも格別に信頼されていたといわれています。
    今回は遠藤新が師であるライトに出会った経緯についてご紹介します。

    遠藤新は1889(明治22)年に福島県宇多郡に生まれ、東京帝国大学建築学科に進学しました。
    在学中に書物でライトのことを知り、その頃から強い憧れの気持ちを持っていたといいます。

    1913(大正2)年、建築学科の授業で有名建築を見学するカリキュラムがあり、帝国ホテルの見学に行った際に、当時支配人だった林愛作と出会いました。そこで新館の設計者がライトであることを知り、林愛作を質問攻めにして強い印象を与えたようです。
    林愛作がアメリカでライトと帝国ホテルの契約覚書を交わしたのは1916(大正5)年ですが、遠藤新が林愛作に会った時にはすでに帝国ホテル新館建築の計画が具体的に進んでいたそうです。

    遠藤新は大学卒業後、明治神宮造営局に勤務していましたが、ライトが帝国ホテル新館の設計のために来日し、日本人のスタッフを要望した際に、林愛作が印象に残っていた遠藤新をライトに紹介しました。1917(大正6)年1月8日のことで、その日から二人の関係が始まったのです。

    出会いから約三ヶ月後の4月、遠藤新はライトと共に渡米。約1年8ヶ月の間アメリカに滞在し、タリアセンで学びました。
    1919(大正8)年に帰国し、帝国ホテルが着工されるとチーフアシスタントとしてホテルの建設に従事しました。ライトが帝国ホテル完成前に帰国してしまってからは設計管理を任され、遠藤新を中心とした日本人スタッフで“東洋の宝石”とも称された素晴らしいホテルを完成させました。

    遠藤新とライトの関係は終生続き、晩年病気で伏せていた時に、ライトはアメリカで大変病状を心配していたそうです。遠く離れていても深い絆で結ばれていたことがわかりますね。
     

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    帝国ホテルの現場設計事務所にて(左から、遠藤新、フランク・ロイド・ライト、林愛作)
     

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    甲子園ホテル前にて(左から4番目が林愛作、7番目が遠藤新)

    遠藤新と林愛作の関係も、帝国ホテルが完成した後も続きました。
    “東の帝国ホテル、西の甲子園ホテル”とも並び称された甲子園ホテルは1930(昭和5)年の竣工で、林愛作の理想にもとづき遠藤新が設計しています。

    旧甲子園ホテルは当館と同じ兵庫県にあり、現在は武庫川女子大学の学舎「甲子園会館」として利用されています。
    「緑釉瓦(りょくゆうがわら)」という緑色の瓦が葺かれた屋根は、周囲の松林に溶け込んでいて自然との調和を感じさせます。また、内外装材に石を採用していること(ただしこちらは日華石〈にっかせき〉を使用されています)、水平線を強調したデザイン、幾何学的な彫刻など、当館との共通点も数多く見られます。

    当館とは車や電車で1時間はかからない距離です。
    甲子園会館の見学には事前申し込みが必要ですが、一般の方でも見学できます。
    当館とあわせてライトの系譜を辿りながらご見学されてみてはいかがでしょう。

    甲子園会館 遠藤新
    甲子園会館 遠藤新

    甲子園会館 遠藤新
     

    甲子園会館ホームページ
    http://www.mukogawa-u.ac.jp/~kkcampus/index.html


    遠藤新については、ヨドコウ迎賓館ホームページ・ライブラリー内でも詳しくご紹介しています。
    http://www.yodoko.co.jp/geihinkan/g_library/inoue/endo/index1.html
    (※文章はNPO法人 有機的建築アーカイブ 副代表理事 井上 祐一様からご寄稿頂いたものです。)


    <参考資料>
    遠藤陶『帝国ホテル ライト館の幻影 孤高の建築家 遠藤新の生涯』廣済堂出版
    関澤愛『遠藤新について』(武庫川女子大学東京センター主催講演会シリーズ わが国の近代建築の保存と再生より)

    <写真提供のご協力>
    遠藤現様、武庫川女子大学様
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    アントニン・レーモンド

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      日本近代建築の父とも称されるアントニン・レーモンド(Antonin Raymond、1888〜1976年)は、1919(大正8)年に帝国ホテル建築のためにフランク・ロイド・ライトの助手として来日しました。
      1921(大正10)年にライトのもとを離れて日本で設計事務所を開設し、その後はモダニズム建築の作品を多く残すと共に、日本の建築家に多大な影響を与えました。
      現在でも東京女子大学のチャペルや校舎、旧イタリア大使館別荘(日光)、聖パウロ教会(軽井沢)など、日本各地に多くの作品が残っています。

      なぜこのブログで突然レーモンドの紹介をするかといいますと、もちろんライトとのつながりもありますが、実はもう一つ大きなつながりがあったのです。
      それは、当館を所有する株式会社淀川製鋼所の旧本社ビルが、レーモンド設計事務所の設計だったということです。このビルは1952(昭和27)年に竣工しましたが、1972(昭和47)年に本社が移転した後、建て替えられて現在は「ヨドコウ第二ビル」となっています。
      どのような経緯で設計を依頼したかは定かでありませんが、淀川製鋼所とライトや建築界との不思議なご縁を感じます。
       
      旧本社フィルム


      この旧本社ビルは、シンプルかつ機能的なデザインで、当時はまさしく”モダニズム建築の先端”といえる作品であったようです。
      建築家の方などがバスで見学に来られたり、竣工した年に建築雑誌に写真や図面入りで紹介されていたりしていたことからも、注目された建築であったことがお分かりいただけるかと思います。
      もしこの建物が残っていたら、名建築家が残した「有機的建築」と「モダニズム建築」という、まったく異なるデザインの建物を巡るツアーが開催できたかもしれませんね。会社としては、維持・管理が大変だったとは思いますが…。

      このような作品の記録を公開する事は近代建築史の観点からも意義のある事ではないかと考え、レーモンド設計事務所様にご相談したところ、快く貴重な写真や図面をご提供いただき、この度、当ブログで詳しくご紹介できることになりました。淀川製鋼所所有の写真とあわせてご覧ください。
      この貴重な記録が、皆様のご参考になれば幸いです。

      <外観・内観写真>
      ※各写真をクリックすると別ウィンドウで大きな画像が開きます。
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      <図面>
      ※各図面をクリックすると別ウィンドウで大きな画像が開きます。
      ※掲載している図面は、お借りした図面をもとに淀川製鋼所で書き起こしたものです。
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      いかがでしたでしょうか。
      もしレーモンドに興味を持たれましたら、是非足を運んでいただきたいのが東京・代々木にあるレーモンド設計事務所様のメモリアルルームです。

      レーモンドは1954(昭和29)年から1974(昭和49)年の間、自宅兼事務所を麻布・笄(こうがい)町、現在の西麻布3丁目に構えていました。レーモンドの離日後、1978(昭和53)年に事務所が代々木へと移転しましたが、その際にリビングルーム部分を事務所の5階へ移築し、以降メモリアルルームとして保存されています。
      こちらではレーモンドが実際に使用していたデスクや家具、レーモンドの妻であるノエミ・レーモンドがデザインした家具などもご覧になれます。また、事務所の一階に図面や写真を展示しているギャラリーが併設されています。

      メモリアルルームは毎月第二金曜日の14〜15時に一般公開されています。
      ※要事前申し込み
      詳細はレーモンド設計事務所様のホームページをご覧ください。
      http://www.raymondsekkei.co.jp/index.html
       
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       メモリアルルーム
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       1階ギャラリー

      もう一つレーモンドの作品をご紹介します。
      横浜の元町公園の中にある、1925〜1926(大正14〜15)年竣工のエリスマン邸です。
      この建物はレーモンドが日本で設計事務所を開設して間もない頃の作品で、水平を強調する軒や館内の装飾などに、まだライトの影響が見られます。

      入館は無料で、館内では定期的に絵本の読み聞かせやピアノのコンサートが行われています。喫茶コーナーもありますので、ゆっくりできます。
      横浜の山手には他にもたくさんの洋館があり、近くに観光スポットも多く中華街にも歩いて行ける距離ですので、一度訪れてみてはいかがでしょうか。
       
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      世界遺産

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        既にご存知の方も多いかと思いますが、米国務省がフランク・ロイド・ライトの建築をユネスコの世界遺産に申請したと発表しました。
        以前からそのような動きがあることは聞いていましたが、いよいよ実現したようです。

        今回申請された建物は以下の10件です。  
        Unity Temple(ユニティテンプル)
        Frederic C. Robie House(ロビー邸)
        Hollyhock House(立葵の家、バーンズドール邸)
        Tariesin(タリアセン)
        Fallingwater(落水荘、カウフマン邸)
        Herbert and Katherine Jacobs House(ジェイコブス邸)
        Taliesin West(タリアセンウェスト)
        Price Tower(プライスタワー)
        Solomon R. Guggenheim Museum(グッゲンハイム美術館)
        Marin County Civic Center(マリン郡庁舎)

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         [写真提供:横井建築設計事務所]
         
        ジョンソンワックス社は入らなかったようですが、いずれも有名な建築で、結果が楽しみです。
        世界遺産に登録されれば、日本での業績も改めて注目されるかもしれませんね。

        ちなみに、ライトが日本で設計したのは14件といわれ、そのうち林愛作邸、福原有信邸、帝国ホテル別館・本館、自由学園明日館、山邑邸(現・ヨドコウ迎賓館)の6件が実際に建築されました。福原邸と帝国ホテル別館は関東大震災の影響で取り壊され、現在でも残っているのは4件となっています。

        ただし、旧林愛作邸は当時の面影をとどめているのはリビングルームの1室だけで、現在一般公開はされていません。帝国ホテル旧本館は中央玄関部のみが愛知県の明治村に移設されています。

        ほぼ建築当初の姿で残っているのは東京・池袋にある学校建築の自由学園明日館(国指定重要文化財)と住宅建築のヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)の2件だけです。将来、この二つの重要文化財も世界遺産に登録される日が来るかもしれません。

        <自由学園明日館>

        http://www.jiyu.jp/

        <明治村・帝国ホテル中央玄関>
        http://www.meijimura.com/enjoy/sight/building/5-67.html
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